−初心者のための記号論−

        Daniel Chandler (University of Wales)

        記号論的分析の演習(D.I.Y. Semiotic Analysis: Advice to My Own Students)

         記号論は、なにかを意味する全てのものごとに −言い換えると文化の中で、意味を持つ全てのことに− 適用できる。マス・メディアという文脈の中でさえ、記号論的分析をどのメディアのテクスト(それにはテレビやラジオ番組、映画、風刺画、新聞や雑誌の記事、ポスターや他の宣伝が含まれる)や、そのようなテクストを制作し解釈する実践に適用できる。ソシュール流の伝統では、記号論者がやらなくてはならないことは、特定のテクストや実践に拘るのではなく、その中で作用している差異や区分のシステムに注意を向けることである。第一の到達目標は、隠されている慣例をはっきりさせ、範疇、関係(統語的、範列的)、共示義、区分およびそこで用いられているそれらの組合せの体系をモデル化する試みにおける、重要な差異と対立を明確にすることである。例えば、‘礼儀正しい挨拶と無作法な挨拶を区別し、今風の服装と流行おくれの服装を区別するものはなにか’(Culler 1985, 93);そのような実践を調べることには、通常、表に出ないことを明らかにしようとすることも入っている。

         (印刷された広告、アニメ化された漫画やラジオのニュース報道のような)‘テクスト’は、それ自身、他の記号を含む複合的な記号である。分析の最初にやるべきことは、テクストの中の記号とこれらの記号が意味をもつコード(例えば、カメラワークのような‘テクスト的コード’や身体言語のような‘社会的コード’)を明確にすることである。これらのコードの範囲では、(ショット・サイズ:遠距離ショット、中距離ショット、拡大ショット、のような)範列的集合を確定する必要がある。さらに、いろいろな記号表現間の構造的関連(統語)を明確にする必要がある。最終的には、テクスト内の記号やテクスト全体の思想的役割を議論する必要がある。テクストは、どのような種類の実在を、どのように構築するのか?それ自身の視点を、どうやって自明のものとするのか?どのような読者を仮定しているのか?

         同じ命題を扱っている一対のテクストを詳細に比較し、対比することを強く勧める:これは単一のテクストを分析しようとするより、ずっと容易なことである。経験のある専門家による分析例を、自分の分析モデルとして利用するのも助けになるかもしれない。

        • テクストを確定する
          • 可能な場合には、テクストの分析と一緒に、テクストのコピーを付け、そのコピーに重大な欠点を書き留めなさい。コピーを付けるのが実際には無理なら、他の人がそのテクストを見た場合、分析の対象としたテクストだと認識できるように、明確に記述して提示しなさい。
          • 使われている媒体、テクストが属している範疇、テクストが見出される文脈を手短に記述しなさい。
        • テクストを分析する目的を考察しなさい。下の質問のうち、どれが重要そうに思えるかということに影響するだろう。
          • 何故、このテクストを選んだのか
          • 目的は価値観を反映している:そのテクストは、あなた自身の価値観とどのように関係しているか?
        • 調べている記号負荷体は、タイプ−トークンの区分とどのように関係しているか?
          • それは、多くのコピーのうちの一つ(トークン例えばポスター)または実質的に唯一のもの(タイプ例えば本物の絵画)か?
          • これが、その理解にどのように影響するか?
        • 何が重要な 記号表現で、それらは何を意味するか?
          • これらの記号がその中で意味を生成する体系は何か?
        • 様相(Modality)
          • テクストにより、どんな実在が主張されているのだろう?
          • それは、事実または虚構をほのめかしているのだろうか?
          • 日常の経験的世界にどのように言及しているのだろうか?
          • どのような様相の標章が存在するのか?
          • テクストと世界の関係を判断するのに、そのような標章をどのように利用できるだろう?
          • テクストは、実在主義者の表現コードの範囲内で作用しているのか?
          • 誰にとって、それは実在的に見えるのだろう?
          • ‘何が、透明性を阻んでいるのか?’(Butler 1999, xix)
        • 範列分析(Paradigmatic analysis)
          • テクストは全体として、どのクラスの範列(媒体;範疇;テーマ)に属しているか?
          • 媒体の変更は、生成される意味にどのように影響するか?
          • もし、テクストが異なる範疇のある部分を形成するとしたら、それはどのようになるだろう?
          • 使用されている記号表現は、それぞれ、どのような範列集合に属しているのだろう?例えば、写真、テレビ、映画といった媒体では、一つの範列はショットの大きさかもしれない。
          • 各々の記号表現が同じ範列集合の中にあるいろいろなものから、選ばれていると思うのは、何故か?各々の記号表現を選択したということは、何を共示しているか?
          • 同じ範列集合から、どんな記号表現が欠けているのが目立つか?
          • 対照的な対として、どのようなものが含まれているか(例えば、自然/文化)?
          • そのような対では、どちらが‘標章された’範疇か?
          • テクストには、重要な対立はあるか?
          • 区分できる記号表現を確定し、その意味を決めるため、 代替テスト(commutation test)を適用しなさい。これは、一つの記号表現を、君が考えたもう一つのもので仮想的に置き換えて、その効果を評価してみることである。
        • テクストの統語構造(syntagmatic structure)は何か?
          • 物語、議論やモンタージュのような形式をとる統語構造を確定し、記述せよ。
          • 一つの記号表現は、そこで使われている他の記号表現とどのように関係しているか(他のものより、重みを持っている記号表現はあるか)?
          • 要素の順序や空間配置は、意味にどのように影響しているか?
          • テクストを形作っている方式には、特徴があるか?
          • ある範疇の中で、幾つかのテクストを比較し、共有する統語体を見出しなさい。
          • 範列と統語を確定することは、そのテクストを理解する上で、どのように役立つだろう?
        • 修辞的比喩(Rhetorical tropes)
          • どのような比喩(例えば、隠喩や換喩)が使われているか?
          • それらは、優先される読み方に影響を与えるため、どのように使われているか?
        • テクスト間相互関連性(Intertextuality)
          • それは、他の範疇に言及しているか?
          • それは、その範疇の他のテクストに言及するか、他のテクストと比較しているか?
          • 他の範疇の同じようなテーマの取り扱いとどのように比較しているか?
          • テクストの中のあるコード(例えば、広告やニュース写真の言語的見出し)は、もう一つのコード(例えば、映像)を繋ぎとめる役割をしているだろうか?もしそうなら、どうやって?
        • どんな記号論的コード(semiotic codes)が使われているか?
          • コードは、2重分節、単分節または分節なしか?
          • コードは、アナログかデジタルか?
          • テクストでは、その範疇(genre)のどのような慣例が、最も明確に現れているか?
          • その媒体に特有のコードは、なにか?
          • 他の媒体と共有されているコードは、なにか?
          • そこに含まれているコード群は、それぞれの要素が互いにどのように関係しているのだろう(例えば、言葉と映像)?
          • それらのコードは、一般に広まったもの(broadcast)または限られた範囲で使われているもの(narrowcast)か?
          • 無いことにより、注目されるようになるコードはなにか?
          • テクストは、読者との間に、どのような関係を確立しようとしているか?
          • 記号伝達の様態(mode of address)はどの程度直接的で、また意味は?
          • 記号伝達の様態は、他にどのように記述されるか?
          • どのような文化的仮定が、要求されているか?
          • このコードは、誰にとってもっとも馴染みのあるものか?
          • 優先される読み方は、なんだと思うか?
          • それは、主流の文化的価値をどのくらい反映し、またそれからどのくらい離れているか?
          • 記号は、解釈に対して、どのくらい開かれているように思えるか?
        • 社会記号論(Social semiotics)
          • テクストを純粋に構造分析するとき、低く評価したり、無視するものはなにか?
          • 記号を創造したのは、誰か?その過程に加わる人、全てを考察に入れるようにしなさい。
          • それは、誰の実在を表し、誰の実在を排除するのか?
          • それは、誰を指向しているのか? 糸口を注意深く観察し、できるだけ詳細なところまで、明らかにしなさい。
          • 人々の間で、記号の解釈がどのくらい、バラついているかか?これには直接的な調査が必要なのは、明らかである
          • 彼らの解釈は、なにに依存しているように思えるか?
          • できるなら、主流となる読み方、妥協した読み方、対立した読み方(dominant, negotiated and oppositional readings)を例解せよ。
          • 文脈が変わると、どのように解釈に影響するか?
        • 記号論的分析の利点(Benefits of semiotic analysis)
          • テクストに生産的に適用できる、記号論者の他の貢献とはなんだろう?
          • このテクストの記号論的分析は、どんな洞察を提示するのだろう?
          • 君の分析の欠点を補うため、採用する必要のある戦略は何だろう?

          

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